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Record #03-3 -- oxford record -- [ PREV ] [ NEXT ]




Record Details


くるり 学(まなぶ)の 牛津録
Record #: 03-3

Title: 「ジョン・マッキンジーの晩餐」(三)

Issued on: 2001年1月27日
Last modified: 2001年2月11日

メルマガで発行したモノを、加筆修正して、随時ここにアップしていきます。



your picture here
◎編集後記

 どうも、発行人のくるり学です。

 第三録、やっと完結しました。またまたちょっぴり暗い話になってしまいましたが、長くなっていくと、どうもそっちの方にいってしまいます。宗教のこと、ディナーのこと、イギリス人のこと、精神病のこと、いろいろ書き込んでしまいましたが、まだまだ書き足りない気持ちもあったりなかったり。

 ジョンの彼女の話は、実際の彼の話ではなく、一応フィクションです。
 けれど、僕がこれまで断片的に聞き、体験してきた話のパッチワークなので、短いなりに事実の集積ではあります。

 あと、書き足りなかったことを少し。

 当たり前なんですが、精神の病(mental illness)を抱える人たちは、日本に限らず全世界に存在しています。日本が現在体験している、様々な関連事件も、当然のようにこちらにもあります。
 関連付けされたこれらの事件は、只の特殊例であって、昨今取り沙汰されてる精神病原因説なんてのは、まやかしでしかないと、個人的には思ってますが。

 ただ、違うことと言えば、精神的なヤマイが、ある意味、市民権を得ている、ということでしょうか。

 身体的な変質に起因する病気の場合は別として、うつ病などの症状は、病院に閉じ込めることをせず、なるべく地域社会の中に放り出して治療していこうという姿勢がありありと見えます。(よく町で、突然大声を叫ぶ怪しい輩を見かけますが、こういう理由のようです)一般的な、誰でもかかる風邪のようなものだからこそ、そして、そう認識されている(つまり、そういう人が多い)国だからこそ、こうして開けっぴろげに解放できるのかも知れません。
 日本のように、家族や病院によって、隔離されている状態がいいのか、こちらのように開放型がいいのか、客観的には判断できませんが、少なくとも「広く認識されている」という点において、英国のあり方を尊重したいと思います。

 何だか長くなりました。

 つまり、偏見を持たず、接してあげて欲しいという提案だったんです。
 これから、表出してくるだろう日本の問題として、頭の片隅にでも置いてやって下さい。


 次号第五録は、ちょっと息抜き、軽めのショートショートを予定しています。2/11発行予定。お楽しみに!

 メールで質問など送って下されば、文章の中でちょこちょこ応えていこうと思ってますので、皆さんどしどしメール下さい。個別に返信できる自信は余りないです(汗)。

by Kururi
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      !!無断転載厳禁!!     
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発行者名:くるり 学 (kururi@lycos.co.uk)
マガジン名:英国留学 牛津録
発行周期:ほぼ隔週刊(不定期って申請したのに)
発行人サイト:http://members.tripod.co.uk/kururi/
       http://members.tripod.co.jp/kururi_m/
(C)M.Kururi, 2001-2002. All rights reserved.
このメールマガジンは『まぐまぐ』と『melma!』で発行しています。
(まぐまぐマガジンID: 0000080277)(melma!マガジンID: m00055251)





SIDENOTES

 ※4…MCR。ミドル・コモン・ルームの略。主に大学院生が使用する。


 ※5…いわずもがな、ビートルズのメンバーの話。


 ※6…「手を適当にヒラヒラと……」=手の平を広げて地面と水平にした後、人差し指や中指の方向を軸にちょっと揺らす。基本的ジェスチャーで「まあまあ」等の意。英語で「so, so」と言いながらするのが、モアベター。おばちゃまは喜びます。


 ※1パイントはイギリスの尺度で、ほぼ大ジョッキ=500ml程度の量。





Body

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■DOMI|MINA■  くるり学 の                ■■■■
■ NVS|TIO ■          牛津録           ■■■■
■ILLV|MEA ■        oxford  record         ■■■■
■ |VVV| ■                第三録の三   ■■■■
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●第三録「ジョン・マッキンジーの晩餐」(三)

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5 SCRへ
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  一段高くなったハイ・テーブルの後ろを抜けると、僕らの普段知らない
 隠されたエリアに入る。すぐに現れた階段の角には、高名そうな画家や彫
 刻家の、意味不明なゲイジュツ作品が並べられて、高級感を否応無く誘う。
  中にはいいのもあるんだけど、大抵こういうのは趣味が悪い。それでも、
 日本の、大企業の受付や高級デパート(死語)の片隅より随分趣味がいい
 のだけど……悲しい現実だ。
 
  SCRは、僕ら大学院生が集うMCR(※4)とは対照的に、かなりモ
 ダーンな作りだった。打ちっぱなしにしては綺麗なコンクリートに、暖か
 い間接照明がふんだんに使われていて、悪くない。けど、もともとブルジョ
 ワなやつら用に作られた部屋だから、人が殺到すると、勝手が違う。うー
 ん、とにかく人が多い。
 
  壁の一面に並べられたお酒に、酔っ払い達が無秩序に戯れている。やっ
 とのことで、お酒をとってきて、僕ら二人は、ぽつんと真中に開いた空洞
 の中、立ちつくしていた。
  辺りを見回す。
 
 「誰か知り合いいる?」一頻り見回した後、ジョンが口を開いた。
 「いないよ。君は?」
  首を横に振るジョン。
  周りは、アンダーグラッド(学部生)ばかりで、知り合いがいないから、
 と、二人で寂しく音を鳴らした。
 
  チン。
 
  全く知らない人でも、同じカレッジの生徒なんだから、話ができないこ
 とはない。食堂が最近値上がりしただとか、カレッジ長の話はちょっと長
 いとか。同じカレッジ出身の有名人――と言っても日本では有名じゃな
 い――の話をしたり。ま、当り障りのない話。入学以来100万回くらい繰
 り返された、面白そうな、面白くない話だ。
 
  そんな社交的な雑踏を抜け出して、ようやく空いた席を見つけ、二人で
 どっかと座り込んだ。ふわふわの革張りソファは、気持ち良い。特に酔っ
 払ってる時はね。
  そう思いながら、ついさっき雑踏で貰った葉巻を取り出して、吸い始め
 た。くれた奴の名前は、もう忘れてる。えーと、誰だったっけ。どうせジョ
 ンだ。いや、ポール? ジョージ?
 
 「リンゴ」
  何の話だ。(※5)
 「ビンゴ。これだよこれ、葉っぱだね。おいしい?」
  ああ、リンゴじゃなくてビンゴか。酒が入って、ジョンも随分ざっくば
 らんになってきてる。それにしても何で葉っぱがビンゴなんだろう?
 「どんな味?」
  葉巻をマジマジと見つめながらジョンがそう聞いてきた。こういうディ
 ナー・パーティの後は、決まって誰かに貰った葉巻を吸ってるんだけど、
 一向に味の違いが分からないんだよね。微妙な違いが。
 「吸ってみる?」
  そう言って葉巻を渡したが、一服した後、すぐに苦そうな顔をして突っ
 返してきた。どうしたんだろう?
 
 「さっき噛んだところ、疵に沁みる」
  キズなら仕方ない。折角だからと、かわりに軽めの日本煙草《キャス
 ター》を胸元から取り出して薦める。
 「あ、これ軽い。マイルド!」と言って一様に喜こぶ彼。
  癖の無い軽い煙草。それが殆ど無いイギリスでは、日本のマイルド煙草
 は結構受けがいい。良かった、良かった。
 「無理して葉っぱ吸わなくても良かったのに……」
 「葉っぱ吸ってみたい気分だったんだ」ぼそっと呟いた。
 「葉っぱ?」
 「そう」それから、さきほどの悪戯っ子の目を見せて「大好き」なんて言
 い放った。
  コイツめ! というかコイツもか!
 
 「もしかして、スペシャルな奴のこと?」と訊き返したら、ニンマリとし
 た顔で「そう、大好き」と繰り返す。
 「一ヶ月くらい前に解禁になったんだって。知ってた?」と嬉しさを滲ま
 せながら。
  手を適当にヒラヒラとさせて「まあ、何となく……」と僕が曖昧に答え
 ていると、次の瞬間、ジョンはドキッとすることを口走った。(※6)
 「部屋で栽培してたんだ。実は」
  マジすか。
 
  まさかヒヤシンスとかじゃないんだろうなあ。
 「その植物、あんまり日に当てなくて良いから、イギリスの天気に丁度良
 いんだ」と彼。
  なるほど。と、妙に感心してしまった。
 「ずいぶん前の話だけどね」と彼は付け加えた。
 
 「でも、ここ二、三週間前から全然吸わなくなったんだよ」と、どこか焦
 点の合わない目で続けた後、しばらく黙り込んでしまった。
  彼の手の先で、長く伸びた灰色の吸殻が、ゆっくりと、本当にゆっくり
 と、音も無く床に落ちた。
 
 
───────────────────────────────────
6 晩餐会は夜まで続く
───────────────────────────────────
 
  気が付くと、急に周囲が騒がしくなっている。もうすぐここから締め出
 されるのか、それとも友人達と固まってパブに出かけるのだろう。
 「僕らも出ようか?」どちらともなくそう言って、飲み足りない事を確認
 した二人は、カレッジのバーへと場所を移した。
 
  どこのカレッジにも、たいがい内部に学生用のバーが存在する。もちろ
 んバーテンダーは学生で、手動で旧式のテーブル・サッカーが置いてあっ
 たり、プールバーがあったりする。まさしく学生のバーだ。
  カウンターに飛び込んだ僕らは、反射的に「ギネス」と叫んで2パイン
 ト分の黒ビールを手に入れ、コーナーの席にどっかりと腰を落とした。
 
  チン。
  今日何杯目かの乾杯を叫んで、ビールをぐびぐびと流し込む。
  口髭の辺りに茶白色の泡がついたら、どこかのスイッチがパチンと入る
 仕掛けだ。
 
 「そう言えば、彼女どうしてる?」
  ジョンの突然の質問に、泡食ったようにしていると、「君が来た頃、た
 まに一緒に歩いてた娘」と彼は続けた。
  僕はただ、口をつぐんだまま思い切りの笑顔を作って、首を横に振る。
 「女は……イギリスの天気に似てるから……」
  今日は雨、昨日も雨、明日は曇りで、ひょっとすると明後日あたり晴れ
 るかも知れない……が、期待しない方が安全だ。一日中雨の続く日はあっ
 ても、一日中晴れる日は本当に稀で……
 「それなら、僕の彼女なんて、スコットランドの天気だよ」
  慰めにならない慰めを口にして「彼女だった人は」と彼はこっそり訂正
 した。
  僕もこっそり訊き返す。「過去形?」
 「うん、過去形」と僕の言葉を繰り返す。ただ、
 「ずいぶん前の話だけどね」と彼は付け加えた。
 
  僕のセンサーは何かを感知して、反射的に訊き返す。「ずいぶん前?」
  そうしたら、彼は、またあのニンマリをした顔で「いや実は、ついこな
 いだの話なんだ」と白状した。
 
  何だそう言うことか。何故か胸のつっかえが取れた気分になった。
  何か、言葉にできない色んなことに、納得がいき始めた。こう、喉の奥
 の魚の骨が取れた感じというか、がっついたチップスがやっと喉を通り始
 めた感じというか。そして同時に、これから聞くかも知れない彼の話が、
 何となく分かってしまって。推理小説の最終章のように、何となく。
 
  彼女は、やや長身のすらりとした体で、黒の良く似合う、綺麗な栗色の
 髪の女の子だった。カレッジで彼と“たまたま”一緒だった所を、一度か
 二度、目にしたことがあったのだ。黒のロングコートに、薄い革のグロー
 ブが良く似合う、スタイリッシュな女性だったと覚えている。
  少し危なげなその可愛さは、今思えば、どこか不安定な物の上にあった
 のだと、理解できた。
 
 「彼女さぁ……」そう言って始めた彼の話はこうだ。
 
  一日中塞ぎ込んで、一歩も家から出なくなったと思ったら、突然次の日
 には「外に行こう。外に行こう」と、せき立てる。ベッドの中で一日中泣
 いていたかと思ったら、次の日には、つられて気の塞がった僕を「ダメだ。
 ダメだ」となじってくれる。とにかくアップ・ダウンの激しい娘だった。
 よく「ずーっと一緒にいてね」なんて言っていた。
 
  僕も出来るだけそばに居たいけど、一応、大学院生だからさ研究とかあ
 るじゃない。朝から晩までってのは無理さ。
  ある晩なんて、前の晩から次の日の朝まで、ずっと彼女に付き添って、
 慰め続けたんだ。ようやく彼女が寝静まった後、研究のミーティングがあ
 るからって家を出ようとしたら、突然がばっと起きて、
 「あなた、私を置いていくのね。あなたは私のことなんて、どうでもいい
 んだ」って言うんだよ。しまいには「売女の息子!」を百回くらい。ボイ
 ス・トレーニングでもしてるのかってくらいね。そんなこと言われてもど
 うしようも無いよ。
  全く気にしないでいられるなら、そもそも付き合ってなんかいられない
 から、二、三ヶ月休んで、ずっと付き添っていた時もあたんだ。ほんと、
 女王様の状態さ。我、陛下に従えりってね。聖人並に大事にしたよ。
 
  ここまで聞いて、僕は思わず呟いていた。
 「病んでたんだ……」
  彼は、口を真一文字にして目をつぶり、二、三回軽く肯いてみせた。
  典型的な、深い肯定のサインだ。
  それから彼は、少し躊躇した風を見せた後、すっきりとまた話し始めた。
 「何回か彼女自殺しようとして、それでリスト・カットなんかを――――。
 
  シャワー・ルームでやってたから本当に危なかった。二、三ヶ月休んだ
 のはそのせいもあったんだけど。病院行って、入院して、通って、看護し
 て…。
  躁鬱病で、ついでに拒食症だったんだな。
  ……部屋中ろうそくだらけにして、窒息しかけたこともあったし、部屋
 中のカーテンをビリビリに破いたり。でも葉っぱを吸ってるときは、比較
 的大丈夫だったんだ」
 
  大麻はドラッグとしては中性で、アッパーにもなればダウナーにもなる
 が、決して覚せい剤のように、活動的にはならない。鎮静効果があって、
 放っておけば大抵眠ってしまうのだと言う。
  彼は、キッとこちらを見直して言う。
 「(葉っぱのような)ソフトな奴はいいけど、ハードはダメだぞ。No 
 Hard Drug」
  僕も例の、肯定のサインで応えた。
  それから二人でビールを掻っ込んだ。
 
 「そう……あの彼女がね……」
  そこまで来て、何の理由もない、本当に何の理由も無しに、
 「彼女、名前は?」と訊きたくなった。そう訊く前に、彼が口に出したの
 だけど。
 「キャサリン。彼女、キャサリンって言うんだ」
  決して笑うところじゃないのに、彼は笑ってみせる。
  疲れたような笑顔が、妙に印象的な。
 
 「もういい加減疲れたんだ。疲れて、別れて、元気になっては、また戻っ
 て。今までよくオンとオフを繰り返して来たんだけど……」
  途切れそうな言葉を押し返すように、僕はゆっくりと尋ねた。
 「また、オンにするかも知れないのかい?」
  消えかけた声に再び力を込めて、言葉を続ける。ゆっくり、
 「もう終わり。終わったんだ。一ヶ月近く経って、今じゃ、どこか夢のよ
 うだよ。彼女が本当にいたのかどうかも、実は良く分からなくなってる」
  そう言って、手元のビールを勢い良く持ち上げ、一気に飲み干した後、
 ゆっくりとパイント・グラスを机の上に置き、またあの苦い顔を見せた。
  彼女は、今頃どこで飲んでいるだろう。
  そんな事をぼんやりと考えて、僕もビールを手にした。
 
  伝説上の人、セント・キャサリンは実在しなかったと言う。
  シエーナのキャサリンはいた。だが、あの、キリストと結ばれることを
 夢見て、世界に歯向かい続けたアレクサンドリアの美しい娘は、歴史の長
 大な壁に阻まれて、実在はあやふやなままなのだ。証拠とするには怪しげ
 な物だけ、不確かに存在する。
 
  彼は言う。
 「今でも、彼女がすぐそこに居るような気がするんだよ」
  彼女の実在もまた、僕には確かではない。
  見かけただけの、話したことのない僕に、実感が湧く筈がないのだ。し
 かし、彼の瞳の向こうの隅に、彼のセント・キャサリンが潜んでいる。そ
 れもまた明白な事実だった。
  彼女は、今頃どこで飲んでいるだろう。
  そんな事をぼんやり考えて、僕はビールを飲み干した。
 
 「もう一杯飲もうか」どちらとはなしに、そう声をかけて、もう2パイン
 トほどのビールを取りに行くことになった。すると、急に彼がキョロキョ
 ロし始める。どうしたのと訊く僕に、明後日の方向を指差して、彼はこん
 な風に答えた。
 「あの娘かわいくない?」
  僕はもちろん笑顔で返した。それで、手を適当にヒラヒラと……
 
    **   **   
 
  そんな訳で、僕らはお互いの研究の事や“趣味”のこと、今の悩みや憤
 りについて、それから「どうして皆はTVを見るのが好きなのか」なんか
 を肴にして、夜更けるまで、カレッジのバーで飲んだくれた。
  そんな訳で、お酒を飲むのに夢中になって、僕の話は出せず仕舞いだっ
 た。
  そんな訳で、僕の手首にある真直ぐな疵は、今でも彼には内緒だ。
 
 
 (了)
 
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